名篇佳段桐生悠nbsp言

私は言いたいことを言っているのではない。徒(ただ)に言いたいことを言って、快(かい)を貪(むさぼ)っているのではない。言わねばならないことを、国民として、特に、この非常時に際して、しかも国家の将来に対して、真正(しんせい)なる愛国者の一人として、同時に人類(じんるい)として言わねばならないことを言っているのだ。言いたいことを、出放題(でほうだい)に言っていれば、愉快に相違(そうい)ない。だが、言わねばならないことを言うのは、愉快ではなくて、苦痛(くつう)である。何ぜなら、言いたいことを言うのは、権利の行使(こうし)であるに反して、言わねばならないことを言うのは、義務の履行(りこう)だからである。尤(もっと)も義務を履行したという自意識は愉快であるに相違ないが、この愉快は消極的(しょうきょくてき)の愉快であって、普通の愉快さではない。