刀剑神域0112
2021-2-25 来源:本站原创 浏览次数:次無限むげんの蒼穹そうきゅうに浮うかぶ巨大きょだいな石いしと鉄てつの城しろ。 それがこの世界せかいのすべてだ。 職人しょくにんクラスの酔狂すいきょうな一団いちだんがひと月がつがかりで測量そくりょうしたところ、基部きぶフロアの直径ちょっけいはおよそ十じゅうキロメートル、世田谷せたがや区くがすっぽり入はいってしまうほどもあったという。その上うえに無慮むりょ百ひゃくに及およぶ階層かいそうが積つみ重かさなっているというのだから、茫漠ぼうばくとした広大こうだいさは想像そうぞうを絶ぜっする。総そうデータ量りょうなどとても推おし量はかることができない。 内部ないぶにはいくつかの都市としと多おおくの小規模しょうきぼな街まちや村むら、森もりと草原そうげん、湖みずうみまでが存在そんざいする。上下じょうげのフロアを繋つなぐ階段かいだんは各層かくそうにひとつのみ、そのほぼ全すべてが怪物かいぶつのうろつく危険きけんな迷宮めいきゅう区画くかくに存在そんざいするため発見はっけんも踏破とうはも困難こんなんだが、一度いちど誰だれかが突破とっぱして上層じょうそうの都市としに辿たどり着つけばそこと下層かそうの各かく都市としの〈転移てんい門もん〉が連結れんけつされるため誰だれもが自由じゆうに移動いどうできるようになる。 そのようにしてこの巨きょ城じょうは、二に年ねんの長ちょうきに渡わたってゆっくりと攻略こうりゃくされてきた。現在げんざいの最前線さいぜんせんは第だい74層そう。 城しろの名なは〈アインクラッド〉。約やく四よん万まんもの人間にんげんを飲のみ込こんで浮うかびつづける剣けんと戦闘せんとうの世界せかい。またの名なを── 〈ソードアート?オンライン〉。
1凄すさまじいスピードで飛とんでくる苛烈かれつな連れん撃げきを、俺おれは右手みぎてに握にぎった剣けんでどうにか受うけ止とめ、弾はじき返かえした。 巨大きょだいなトカゲ人間にんげん型がたモンスター、〈リザードマンロード〉の装備そうびした円えん月がつ刀がたなは斬撃ざんげきに特とく化かした剣けんで、刺とげ突系の剣けん技わざはごく少すくない。そのため防御ぼうぎょにステップを使つかわずとも先読さきよみさえ当あたればパリィだけでしのぐことが可能かのうだ。 無論むろん、読よみが外はずれれば、簡単かんたんな防具ぼうぐなど物ものともしないダメージを叩たたき込こまれて地ちに這はうことになる。だが、敵てきの技わざの出で終おわり時ときに距離きょりができてしまうステップ防御ぼうぎょにくらべパリィならば反撃はんげきの開始かいし速度そくどを上あげられる。俺おれはもう十分じゅうぶん近ちかく続つづく戦闘せんとうにわずかな焦あせりを感かんじていた。 視界しかいの右みぎ端はしに表示ひょうじされている自分じぶんのステータスバーをちらりと確認かくにんする。いままで強攻きょうこう撃げきは受うけていないものの、小ちいさなダメージが積つみ重かさなってヒットポイントが七なな割わりほどにまで減少げんしょうしている。 絶対ぜったいに「死しぬ」──HPをゼロにするわけにはいかないこの世界せかいでは、バーが半分はんぶんを割わりこんでイエロー表示ひょうじになった時点じてんで、惨みじめに逃走とうそうするか、あるいは貴重きちょうな瞬間しゅんかん転移てんいアイテムを使用しようしてでも戦闘せんとうから離脱りだつするのが常識じょうしきだ。そう考かんがえると残のこりHPにはそれほど余裕よゆうがあるわけではない。 五ご連れん撃げき最後さいごの右みぎ上段じょうだんを弾ひくと、リザードマンロードは大おおきく体勢たいせいをくずした。すかさず右足みぎあしを敵てきの中心ちゅうしんにむかって踏ふみ込こみ、がら空あきの胴どうに中段ちゅうだん斬ぎりの一いち撃げきを叩たたき込こむ。敵てきの足元あしもとに表示ひょうじされたHPバーががくんと減へる。 俺おれの愛用あいようしている剣けんは、この世界せかいではもっとも一般いっぱん的てきな武器ぶきである片手かたて用ようの両刃りょうば直ちょく剣けんだ。威力いりょくも速度そくども突出とっしゅつしたところはないが汎用はんよう的てきな扱あつかいが可能かのうで、戦闘せんとうのさまざまな局面きょくめんから効果こうか的てきな攻撃こうげきを繰くり出だすことができる。 中段ちゅうだんが決きまったあとはシステム的てきに不可避ふかひである小しょう攻撃こうげき二に連れんにつないで敵てきの体力たいりょくを削けずる。この先さきはCPUとの技わざの読よみ合あいだ。俺おれの習得しゅうとくしているスキルによってあと二に~三さん回かいの連続れんぞく攻撃こうげきが可能かのうだが、敵てきに技わざを予測よそくされ防御ぼうぎょされてしまえば、避さけがたい反撃はんげきを食くらうことになる。 深追ふかおいを避さけて、沈しずみこんだ姿勢しせいから下段げだんになぎ払はらいの最終さいしゅう撃げきを放はなつ。ガードの下したをかいくぐった剣先けんさきがヒットして、敵てきの体勢たいせいが再ふたたび崩くずれる。水平すいへい四よん連れん撃げき技わざ〈ホリゾンタルスクェア〉。与あずかダメージはそれほど大おおきくないが、すべて決きまれば敵てきの反撃はんげきを潰つぶしてこちらにイニシアチブをもたらす優秀ゆうしゅうな技わざである。 俺おれは重心じゅうしんを下さげた姿勢しせいから剣けんを右みぎに大おおきく引ひき、全身ぜんしんの体重たいじゅうと力ちからを乗のせた突つきの強攻きょうこう撃げきをリザードマンの分厚ぶあつい胸板むないたに打うち込こんだ。鎧よろいを貫通かんつうした剣先けんさきから飛とび散ちる無数むすうの火花ひばな。金属きんぞく的てきな悲鳴ひめい。敵てきのHPバーが再ふたたび大おおきく減少げんしょうする。イエローを通とおり越こしてニアデス状態じょうたいのレッドで表示ひょうじされているバーの長ながさは約やく一いち割わり、リザードマンロードのステータスデータから概算がいさんして残のこりHPの見当けんとうをつけ、俺おれはもう一度いちど強攻きょうこう撃げきのモーションを起おこした。〈ヴォーパルストライク〉、片手かたて直ちょく剣けんスキルに属ぞくする単発たんぱつ剣けん技わざの中なかでも与あずかダメージを重視じゅうしした突つき技わざだ。これが決きまればこの戦闘せんとうも終おわる――。 だが、俺おれの放はなった剣先けんさきは体勢たいせいを回復かいふくしたリザードマンの左手ひだりてに装備そうびされた円えん盾たてに阻はばまれた。鈍にぶい金属きんぞく音おんと火花ひばなのエフェクトを散ちらしながら剣けんが奴やつの右側みぎがわに逸はぐれていく。 しまった、決着けっちゃくを急いそぎすぎた――。心しんの中なかで毒どくづく。 CPU相手あいてに同おなじ技わざを二に回かい繰くり返かえしたのはいかにも軽率けいそつ、強攻きょうこう撃げきを回避かいひされた俺おれは技わざ後ご硬直こうちょく時間じかんを課かせられ剣けんを戻もどすことができない。その隙すきを逃のがさずリザードマンは連続れんぞく攻撃こうげきを開始かいし。上段じょうだんの切きり下おろしが俺おれの身体しんたいにヒットする。重おもい衝撃しょうげき。振動しんどうだけで痛いたみは無ないが、HPバーが無慈悲むじひな速度そくどで減少げんしょうする。その一撃いちげきを食くらったところでようやく俺おれは体勢たいせいを回復かいふくさせることに成功せいこうするが、まだ敵てきの連続れんぞく技わざは終おわっていない。 円えん月がつ刀がたなの上段じょうだん中ちゅう攻撃こうげきから始はじまる技わざには2ふたつのバリエーションが存在そんざいする。ヒット率りつを重視じゅうしした〈ダンス?マカブレ〉ならこの後のちは剣けんがそのまま中段ちゅうだんに向むけて斬ぎり上あがってくるし、ダメージ重視じゅうしの〈ダブルムーン〉なら再ふたたび上段じょうだん逆ぎゃく方向ほうこうからの斬ぎり降おろしとなる。どちらにせよ高速こうそくな技わざでこちらの反撃はんげきを差さし挟はさむ余裕よゆうはない。俺おれは今いままでの戦闘せんとうから敵てきのAIは手数てかず重視じゅうしタイプだと判断はんだんし、中段ちゅうだんをパリィ防御ぼうぎょすべく剣けんを備そなえた。 読よみが的中てきちゅう。跳はね上あがってきたシミターを俺おれの剣けんが弾ひく。だが敵てきの技わざが小しょう攻撃こうげきだったため向むこうも体勢たいせいを崩くずすには至いたらない。俺おれは中段ちゅうだんにある剣けんをそのまま垂直すいちょくに相手あいての上半身じょうはんしんに斬きり上あげる。こちらの剣先けんさきが一瞬いっしゅん早はやくヒット。 そのまままっすぐ斬ぎり降おろす。また斬ぎり上あげる。垂直すいちょく四よん連れん撃げき〈バーチカルスクェア〉。小しょう小中しょうちゅう大だいとつながるその最終さいしゅう撃げき、真まっ向こう正面しょうめんの上段じょうだん斬ぎりが円えん盾たてをかすめて深々ふかぶかと敵てきの額がくに食くい込こんだ。しぶとく残のこっていたHPバーが音おとも無なく消滅しょうめつする。無慈悲むじひな死しの宣告せんこく。 断末魔だんまつまの叫さけびとともに両手りょうて脚あしを広ひろげたリザードマンロードの体からだが硬直こうちょくし、刹那せつなののちに無数むすうのきらめく小片しょうへんとなって砕くだけ散ちった。ガラスの塊かたまりをすり潰つぶすような、表現ひょうげんしがたい効果こうか音おんを発はっしながらポリゴンのかけらが消滅しょうめつしてゆく。戦闘せんとうモードが解除かいじょされ、視界しかいから自分じぶんのHPバーが消きえる。 俺おれは振ふり下おろしたままの剣けんをゆっくりと戻もどした。モンスターの体液たいえきが付ついているわけではないが、いつもの癖くせで剣けんを切きり払はらうと背中せなかに吊つった鞘さやに収おさめ、手近てぢかにあった岩いわの上うえに倒たおれるように座すわり込こんだ。 ここはアインクラッド第だい74層そうの迷宮めいきゅう区域くいきの一角いっかくだ。赤茶あかちゃけた砂岩さがんで組くみ上あげられた長ながい回廊かいろうのちょうど中央ちゅうおう辺あたり、索敵さくてき範囲はんい内ないには今いまのところモンスターの反応はんのうはない。 74層そうともなれば、先細さきぼそりの城しろの構造こうぞうゆえに下部かぶと比くらべてかなり狭せまくなってきているが、それでも直径ちょっけいは四よんキロメートルほどもあるだろう。転移てんい門もんのある主しゅ街まち区くはフロアの東ひがし端はしに位置いちし、そこからうっそうとした森もりを抜ぬけて辿たどり着つく迷宮めいきゅう区くはいままでの例れいに漏もれず、うんざりするほど広ひろく、複雑ふくざつだ。現在げんざいも百ひゃく人にんちかくが攻略こうりゃくに挑いどんでいるはずだが、今日きょうはプレイヤーの姿すがたを見みかけることはなかった。 俺おれは昼過ひるすぎに単独たんどくで迷宮めいきゅう区くに潜もぐり込こみ、マッピングしながらじわじわと奥おくに進すすんでいた。危険きけんな最前線さいぜんせんで経験けいけん値ち稼かせぎをする気きはさらさらなかったのでモンスターは可能かのうな限かぎりやり過すごし、トラップの可能かのう性せいがあるトレジャーボックスにも一いち切手きってを触ふれずにマジメな攻略こうりゃくに励はげんでいたのだが、袋小路ふくろこうじで運うん悪わるく先刻せんこくのトカゲ男おとこと遭遇そうぐうしてしまったのだった。 モンスターの種類しゅるいは五ごフロアごとに入いれ替かわる。リザードマンロードとは71フロアで一いち度ど戦闘せんとうしたことがあった。その時ときは奴やつの操あやつるシミター系けいの剣けん技わざに瀕死ひんし寸前すんぜんまで追おい込こまれ惨みじめな逃走とうそうを強しいられたため、まる一いち日にちかけて情報じょうほう屋やの売うるデータペーパーを熟読じゅくどくし、曲きょく刀がたな技わざのバリエーションを可能かのうな限かぎり頭あたまに叩たたき込こんでおいたのだ。その甲斐かいあってリベンジに成功せいこうした俺おれは久々ひさびさの充足じゅうそく感かんを感かんじながら、左手ひだりてを上あげて空中くうちゅうで人差ひとさし指ゆびを軽かるく振ふった。 軽快けいかいな効果こうか音おんと共ともに、手ての平ひらの下したに半はん透明とうめいの主しゅメニューウインドウが表示ひょうじされる。左ひだり半分はんぶんには人ひと型がたのシルエットが描えがかれ、各所かくしょの装備そうび状じょう況きょうが表示ひょうじされている。右みぎには所持しょじアイテム詳細しょうさいや習得しゅうとくスキル一覧いちらん、マップ表示ひょうじなどのメニューが並ならぶ。最さい上部じょうぶには俺おれの名前なまえとHPバー、EXPバー。強敵きょうてきのトカゲ男おとこを単独たんどくで撃破げきはしたため、経験けいけん値ちの量りょうがかなり増加ぞうかしている。 俺おれはアイテム画面がめんに切きり替かえ、新規しんき入手にゅうしゅ品ひんリストを確認かくにんした。たった今いま倒たおしたリザードマンから得えたアイテム類るいと金きむ──この世界せかいでは〈コル〉なる単位たんいで表記ひょうきされる──が列記れっきされている。アイテムは、奴やつが装備そうびしていた三日月みかづき剣けんと金属きんぞく鎧よろいだ。売うれば、今日きょう稼かせいだ金かねと併あわせて装備そうびのフルメンテ代だいくらいにはなるだろう。
迷宮めいきゅう区くを構成こうせいする巨大きょだいな搭を出でると、すでに周囲しゅういは夕刻ゆうこくの色彩しきさいを帯おびはじめていた。目めの前まえに広ひろがる金色きんいろの草原そうげんと、その彼方かなたに見みえる木々きぎの梢こずえをおだやかに揺ゆらす風かぜは少すこし冷つめたい。 俺おれは革かわと金属きんぞくで出来できたヘッドギアを外はずし、空そらを振ふり仰あおいだ。空そらと言いっても、見みえるのは上層じょうそう部ぶの底そこを形成けいせいする石いしと鉄てつの組くみ合あわさった巨大きょだいな蓋ぶただ。そこまでの距離きょり、い換いかえればこの城しろの層そうひとつの高たかさは約やく百ひゃくメートル。城しろ全体ぜんたいとしては十じゅうキロメートルを超こえると言いわれる。つまり〈アインクラッド〉は、直径ちょっけい一いち万まんメートルの基部きぶから高たかさ同おなじく一いち万まんメートルのほぼ円錐えんすい形がたをした構造こうぞう物ぶつが屹立きつりつした途方とほうもない巨大きょだい浮遊ふゆう城じょうなわけだ。 開発かいはつした会社かいしゃの規模きぼをさっぴいても、これだけのデータ量りょうを内包ないほうする代物しろものが三さん年ねんたらずでプログラムされたのは狂気きょうきの沙汰さただ。いや――修辞しゅうじでなく狂気きょうきのなせる業ぎょうだったのだ。ある一人ひとりの男おとこの暴走ぼうそうした脳のうが、この世界せかいを生うみ出だし、ゲームであってゲームでないものへと変容へんようさせてしまった。 俺おれは自分じぶんの手てをまじまじと眺ながめた。指貫ゆびぬききの革かわ製せいグローブに包つつまれた手ては、普段ふだんの生活せいかつでは違和感いわかんを抱いだかないほどにはリアルであり、この世界せかいがサーバーの中なかに構築こうちくされたデータの集合しゅうごう体たいなのだということを忘わすれさせない程度ていどに作つくり物ものめいている。 このような思考しこうに囚とらわれるのは危険きけんだ。ここで生いきるために必要ひつような現実げんじつ感かんを喪失そうしつしてしまう。だが、俺おれの意識いしきはいやおうなくあの日ひに向むかって遡さかのぼりはじめていた。 すべてが終おわり、そして始はじまった日ひへと。
2直接ちょくせつ神経しんけい結合けつごう環境かんきょうシステム――NERvDirectLinkageEnvironmentSystem、頭文字かしらもじを取とってNERDLESと呼よばれる――の試作しさく第だい一いち号機ごうきが日本にっぽんのとある企業きぎょうと大学だいがくの合同ごうどう研究けんきゅう機関きかんから産声うぶごえを上あげたのは二に〇〇六ろく年ねんのことだった。 それまで、HMDとヘッドフォン、データグローブの組くみ合あわせによるシステムが主流しゅりゅうだった仮想かそう現実げんじつ系けいエンタテイメント市場いちばが、この映像えいぞうその他たの信号しんごうを直接ちょくせつ人間にんげんの脳のうに送おくり込こむ新しん技術ぎじゅつによって席巻せっけんされるのは確実かくじつと思おもわれた。数多すうたの企業きぎょうが共同きょうどう研究けんきゅうに名乗なのりを上あげ、最初さいしょは部屋へやひとつ分ぶんもの体積たいせきがあったNERDLES一いち号機ごうきが冷蔵庫れいぞうこ程度ていどの大おおきさの本体ほんたいにまでダウンサイズされるのに二に年ねん。その翌年よくねんには早はやくも業務ぎょうむ用ようの機械きかいが発売はつばいされた。さすがに恐おそろしく高価こうかな代物しろものであり、アミューズメントセンターやリラクゼーション施設しせつの一部いちぶに導入どうにゅうされたのみだったが。 NERDLESが提供ていきょうする圧倒的あっとうてきな現実げんじつ感かん、HMDや全ぜん方位ほうい型がたスクリーンなどものともしないリアリティは全国ぜんこくのゲームマニアを熱狂ねっきょうさせた。大手おおてゲームメーカーがリリースしたNERDLES上じょうで動うごく初はつのゲーム――対戦たいせん型がたガンシューティングだった――は数時間すうじかん待まちがあたりまえ、ワンプレイ三さん千せん円えん(!)のシロモノだったにも関かかわらず、全国ぜんこく五ご箇所かしょの設置せっち店てんでは連日れんじつ長蛇ちょうだの列れつができた。かくいう俺おれも乏とぼしい金かねをやりくりしては並ならんだものだ。 そして二に〇十じゅう一いち年ねん末まつ、満まんを持もたして民生みんせい用よう一いち号機ごうきが共同きょうどう開発かいはつした各かくメーカーから発表はっぴょうされた。コンパクトなヘッドギアと、光ひかりディスクドライブを装備そうびしたこれまた小ちいさな本体ほんたいとで構成こうせいされたそれは、無理むりをすれば若者わかものでも買かえる程度ていどの価格かかくだった。初期しょき出荷しゅっか分ぶんは予約よやくもおぼつかないほどの人気にんきぶりで、俺おれも入手にゅうしゅするのには相当そうとう苦労くろうした。〈ナーヴギア〉という商標しょうひょう名めいを与あたえられたそれが届とどいた日ひの興奮こうふんは今いまでもはっきり覚おぼえている。 新品しんぴんのエレクトロニクス機器きき特有とくゆうの匂においを漂ただよわせた流線型りゅうせんけいのヘッドギアは、光沢こうたくのあるダークブルーの外装がいそうに包つつまれていた。前部ぜんぶには装着そうちゃく時じに顔かおを覆おおう遮光しゃこうシールドが装備そうびされ、後頭部こうとうぶから延髄えんずい部ぶを包つつみ込こむようなパッドが伸のびている。両りょう脇わきからは二に本ほんのアームが伸のびて顎あごの下したで固かたくロックされる構造こうぞうになっている。 使用しよう者しゃは無理むりのない姿勢しせいでリクライニングできる椅子いすに座すわり(専用せんようのシートも同時どうじ発売はつばいされたがさすがに買かえなかった)、ゲームディスクを挿入そうにゅうし必要ひつように応おうじてWANに繋つながれた本体ほんたいに、光ひかりケーブルで接続せつぞくしたギアを装着そうちゃくする。ヘルメット内部ないぶの、柔やわらかいパッドに埋うめ込こまれたたくさんの素子そしが多重たじゅうの電界でんかいを発生はっせいさせ、使用しよう者しゃの脳のうの、五感ごかんを司つかさどるそれぞれの部位ぶい――詳くわしく言いえば、触覚しょっかくは延髄えんずい、味覚みかくと聴覚ちょうかくは脳のう橋きょう、視覚しかくは視床ししょう、聴覚ちょうかくは脳幹のうかん――と精密せいみつなリンクを行おこなう。本体ほんたいから送おくり込こまれる視覚しかくや聴覚ちょうかく情報じょうほうはそのリンクを通とおして脳のうに流ながれ込こむ。 感覚かんかく器官きかんから得えた情報じょうほうを整理せいり?再さい構築こうちくして処理しょりしたものが人間にんげんにとっての「現実げんじつの環境かんきょう」であるとするなら、そういう意味いみではギアの生うみ出だす世界せかいは使用しよう者しゃにとって現実げんじつそのものとなるわけだ。現実げんじつの「現実げんじつらしさ」、リアリティはまた別べつの問題もんだいであるが。 仮想かそう世界せかい内ないにおいて、使用しよう者しゃはさまざなアクションを起おこす。そのとき脳のうから発はっせられる運動うんどう信号しんごうのうち、体からだを能動のうどう的てきに動うごかすものだけを延髄えんずい部ぶのパッドがインタラプトしてギア内部ないぶに取とり込こみ、本体ほんたいにフィードバックする。このようにしてプレイヤーは椅子いすの上うえで体からだを動うごかすことなく、仮想かそうの世界せかいで動うごき回まわることが可能かのうとなる。 無論むろん、現実げんじつの世界せかいからの刺激しげきはすべてギアがシャットアウトしてしまうため、専任せんにんのインストラクターがいない家庭かていでの使用しようには危険きけんがともなうと予想よそうされた。使用しよう者しゃは現実げんじつ世界せかいにおいては失神しっしん状態じょうたいにあるのと同様どうようであり、仮かりに肉体にくたいに火災かさい等とうの危機ききが迫せまった場合ばあいでも使用しよう者しゃがそれに気きづくすべがないからだ。そこでギアには、温度おんどの変化へんかや音おと、振動しんどうなど一定いってい量りょう以上いじょうの外界がいかい刺激しげきが与あたえられたり、または心拍しんぱく、体温たいおん等とうの肉体にくたい的てきな異常いじょうを検出けんしゅつした場合ばあい(付つけ加くわえれば生理せいり的てき排出はいしゅつ現象げんしょうをうながす信号しんごうが下半身かはんしんから発はっせられた場合ばあいを含ふくむ)には自動的じどうてきに接続せつぞくを切きり意識いしきを回帰かいきさせるセーフティ機構きこうが与あたえられた。 使用しよう者しゃが現実げんじつ世界せかいで最後さいごに行おこなう動作どうさは、「リンク?スタート」と発声はっせいすることだ。音おとではなく、その発声はっせいのために脳のうが下くだした命令めいれい信号しんごうを感知かんちしてギアは動うごき出だす。 シールドの下したで閉とじられているはずの眼めの前まえにスペクトル状じょうの光ひかりが弾ひけ、やがて白しろに統一とういつされたその中なかに荘厳そうごんな効果こうか音おんとともにメーカーのロゴが浮うかび上あがる。ついで基本きほんソフトのロゴが表示ひょうじされ、その下したで各種かくしゅ接続せつぞくテストがリストアップされては右側みぎがわに次々つぎつぎとOKの文字もじを残のこして消きえてゆく。 それらが終了しゅうりょうすると、LOADINGの表示ひょうじと共ともにセットされたアプリケーションが読よみ込こまれてゆき、最後さいごにひときわ輝かがやくSTARTの文字もじ。同時どうじに開始かいし画面がめんは中央ちゅうおうから放射ほうしゃされる白光はっこうの中なかに飲のみ込こまれてゆき、その向むこうから徐々じょじょに姿すがたを現あらわす仮想かそうの――いや、もうひとつの現実げんじつの世界せかい。ゲームフィールドに降おり立たったプレイヤーは、もはや椅子いすの上うえに横よこたわる己おのれの肉体にくたいを感かんじることはない。 本体ほんたいに同どう梱こりされていたゲームソフトは単純たんじゅんな飛行ひこうレースゲームだったが、俺おれはその世界せかいにいつまでも飽あくことなく潜もぐりつづけた。とうとう家族かぞくに強引ごういんに揺ゆり起おこされたとき、窓まどの外そとがすっかり暗くらくなっていたのには驚おどろいたものだ。
民生みんせい用よう機器ききの発売はつばいと同時どうじに、無数むすうのアミューズメントタイトルが発表はっぴょうされた。ナーヴギアの基本きほんソフトは非常ひじょうに汎用はんよう性せいのあるもので、極論きょくろんすればそれまで存在そんざいした3Dゲームですらちょっと手てを加くわえるだけでギア上じょうで動うごかすことができた。もっとも、ギア最大さいだいの売うりであるリアリティを最大限さいだいげんに生いかすためには従来じゅうらいより遥はるかに作つくりこまれたモデリングが必要ひつようだったため、プレイヤーの多おおくはナーヴギアネイティブに開発かいはつされた家庭かてい用ようならではのソフトを待まち望のぞんだ。ことにアミューズメントセンターでは運営うんえいの難むずかしいRPG、それもネットワーク対応たいおう型がたのものを。 ナーヴギアのNERDLES環境かんきょうで動うごくオンラインRPG、それこそまさに前ぜん世紀せいきから多おおくのゲーマーが夢想むそうした究極きゅうきょくのロールプレイングゲームの姿すがただ。その市場いちばは途方とほうもない規模きぼになると予想よそうされ、立たて続つづけにいくつものタイトルがアナウンスされた。だが、フィールド限定げんてい型がたのアクションやシューティング系けいのゲームとは違ちがい、RPGともなればその世界せかいを構成こうせいするデータの量りょうは膨大ぼうだいなものとなる。発売はつばい時期じきはどのタイトルも未定みてい、雑誌ざっしやネットで発表はっぴょうされる先行せんこうスクリーンショットにゲームマニアが煩悶はんもんとする日々ひびが続つづいた。 二に〇一いち二に年ねん春はる。あるゲームタイトルが発表はっぴょうされ、即座そくざにベータテストが開始かいしされたことはファンの度肝どぎもを抜ぬいた。開発かいはつしたのは、かつて業務ぎょうむ用ようNERDLESゲームで日本にっぽん中ちゅうのゲーマーを熱狂ねっきょうさせた〈アーガス〉という大手おおてメーカーだった。報道ほうどうによれば、アーガスは業務ぎょうむ用ようゲームの開発かいはつが終了しゅうりょうした直後ちょくごから、まだ存在そんざいもしなかったコンシューマ機器きき用ようゲームの開発かいはつを始はじめていたという。 それにしても、二に年ねんたらずの開発かいはつ期間きかんを経へて姿すがたを現あらわしたそのゲームの規模きぼは途方とほうもないものだった。舞台ぶたいは、空そらに浮遊ふゆうする巨大きょだいな城しろ。プレイヤーはそこで戦士せんしや職人しょくにんとなって、協力きょうりょくや敵対てきたいをしながら最さい上部じょうぶを目指めざす。RPGには必須ひっすと思おもわれていた〈魔法まほう〉の要素ようそは大胆だいたんに排除はいじょされていた。ゲームの主役しゅやくは無数むすうとも思おもえるほどに設定せっていされたさまざまな種類しゅるいの刀剣とうけんと、それらに与あたえられた剣術けんじゅつ体系たいけいだった。戦士せんしを目指めざすプレイヤーはひとつの武器ぶきを選えらび、それを修練しゅうれんすることによってさまざまな剣けん技わざを習得しゅうとくしてゆく。職人しょくにんプレイヤーは鍛冶たんや、冶金やきんの技わざを鍛きたえて剣けんを生うみ出だし、商人しょうにんプレイヤーがそれを流通りゅうつうさせる。 そのゲーム内容ないようは、タイトル名めいに如実にょじつに表現ひょうげんされていた。曰いわく――〈ソードアート?オンライン〉。剣けんの技わざがプレイヤーの人格じんかくを象徴しょうちょうする世界せかい。 SAOの世界せかい観かんと、偏執へんしゅう的てきなまでに造つくり込こまれた巨きょ城じょうの壮観そうかんはたちまちゲーマーの話題わだいをさらった。千せん人にん限定げんていのベータテスター募集ぼしゅうには応募おうぼが殺到さっとうし、抽選ちゅうせんは百ひゃく倍ばいを超こえる狭せまき門もんとなった。濃紺のうこんの巨大きょだいなプラスティック?パッケージに包つつまれたベータキットが宅配たくはい便びんで届とどいた日ひは、人生じんせい最良さいりょうの一いち日にちかと思おもえたものだ。 半年はんとしに及およんだテスト期間きかんは夢幻むげんのごとき日々ひびだった。俺おれは学校がっこうから帰かえると取とるものもとりあえずSAOにログインし、我わがながら呆あきれるほどの熱意ねついで剣けん技わざの習得しゅうとくに打うち込こんだ。 ゲーム内ないでは、自分じぶんの思おもうとおりに五体ごたいを動うごかすことができる。現実げんじつ世界せかいで剣道けんどうの達人たつじんででもあれば、あるいはSAOの中なかでも強力きょうりょくな剣士けんしとなれるのかもしれない。だがもちろん、俺おれを含ふくめたほとんどのプレイヤーは救すくいがたいゲームマニアであり、剣けんの振ふり方かたなど知しるよしもない。 しかし、SAO内ないで会得えとくした剣けん技わざに沿そった動うごきであれば、ゲームシステムがそれを支援しえん、加速かそくしてくれるため、プレイヤーは技わざの動うごきをイメージしながらモーションを起おこすだけで剣けんを自在じざいに操あやつり、華麗かれいな動うごきで攻撃こうげきすることができる。最さい上位じょうい剣けん技わざともなれば十じゅう連れん撃げきに及およぶまさに芸術げいじゅつと言いうべき美うつくしい技わざの数々かずかずを、自分じぶんの体からだがなめらかに動うごきながらすさまじいスピードで繰くり出だし、敵てきの体からだに吸すい込こまれるようにヒットさせてゆくときの快感かいかんは筆舌ひつぜつに尽つくしがたい。 考かんがえてみれば派手はでな魔法まほう攻撃こうげきはシューティングやアクション系けいのゲームと被こうむる要素ようそが多おおい。「プレイヤー自身じしんの肉体にくたいをデータ化かできる」というナーヴギア最大さいだいの特徴とくちょうをもっともよく活いかし、超人ちょうじん願望がんぼうを充足じゅうそくさせるという意味いみでは、SAOの剣けん技わざに特とく化かしたシステムは実じつにうまく考かんがえられた代物しろものだと言いえる。テスト期間きかんが終了しゅうりょうし、自分じぶんのキャラクターデータが消滅しょうめつしたときはまるで体からだの半分はんぶんを奪うばわれたような気きがしたものだ。 結局けっきょく、千せん人にんのプレイヤーが半年はんとしがかりで攻略こうりゃくできたのはたった十じゅう層そう足たらずだった。オンラインRPGには明確めいかくなクリア目標もくひょうがないのが普通ふつうだったため、アインクラッドの最上階さいじょうかいを目指めざす、という設定せっていには驚おどろかされたがなるほどこの難易なんい度どとボリュームなら、と納得なっとくしたのを覚おぼえている。 二に〇一いち二に年ねん十じゅう一いち月がつ最初さいしょの日曜日にちようび。大おおきなバグを出だすこともなく半年はんとし間あいだのベータテストが終了しゅうりょうし、満まんを持もたして〈ソードアート?オンライン〉は発売はつばいされた。回線かいせんの安定あんていを最さい優先ゆうせんして第だい一いち期き出荷しゅっか分ぶんは五ご万まん本ほんに限定げんていされ、ベータテストの時ときほどではないにせよ再ふたたび発売はつばい前まえからの争奪そうだつ戦せんが過熱かねつしたが、サービスのいいことに希望きぼうする元もとテスターには無償むしょうで製品せいひん版ばんソフトとアクセスIDが与あたえられた。無論むろん、俺おれを含ふくむほとんどすべてのテスターがその恩恵おんけいに与あずかったはずだ。 発売はつばい日びの正午しょうごちょうどにアーガス本社ほんしゃに設置せっちされたゲームサーバーが正式せいしき運営うんえいを開始かいしすることになっていた。秋葉原あきはばらで開ひらかれた大掛おおがかりなイベントでは巨大きょだいなスクリーンにゲーム内部ないぶの様子ようすがリアルタイムで映うつし出だされ、現実げんじつ世界せかいと同時どうじ進行しんこうのセレモニーが開催かいさいされる予定よていだった。数すう年ねん前まえにオープンした駅前えきまえのITセンターを借かり切きって行おこなわれたそのイベントには、アーガスの社長しゃちょうやナーヴギア発売はつばい各社かくしゃの重役じゅうやく陣じん、都との役人やくにんにいたるお歴々れきれきが出席しゅっせきし、マスコミはカメラの砲ほう列れつをステージとその後うしろのスクリーンに向むけてカウントダウンを今いまや遅おそしと待まっていた。 その日ひ、俺おれは自室じしつで即席そくせきのナーヴギア専用せんようシートにもたれてその様子ようすをギリギリまでテレビで眺ながめ、昼食ちゅうしょくのピザの最後さいごのひとかけらを飲のみ込こむと、興奮こうふんを抑おさえながらギアを装着そうちゃくした。プラスティック越ごしにかすかに届とどくイベント司会しかい者しゃの声こえを聞ききながら、俺おれは言いった。リンク?スタート――現実げんじつ世界せかいの重力じゅうりょくを消けし去さる魔法まほうの言葉ことば。ギアから発はっせられた電界でんかいが俺おれの意識いしきを包つつみ、肉体にくたいから解とき放はなつ。 正午しょうご少すこし前まえ、五ご万まん人にんの幸運こううんなプレイヤーは各々おのおのの自宅じたくから一斉いっせいにアクセスし、現実げんじつ世界せかいを飛とび出だして巨きょ城じょうアインクラッドへと降おり立たった。
アインクラッド第だい1層そう、通称つうしょう基部きぶフロアと呼よばれる直径ちょっけい十じゅうキロメートルの広大こうだいな空間くうかんの北端ほくたんに、ゲームのスタート地点ちてんとなる〈はじまりの街まち〉がある。街まちの中央ちゅうおうには巨大きょだいな時計とけい塔とうがそびえ立たっている。SAO内ないでは現実げんじつ世界せかいと同期どうきして時間じかんが経過けいかするため、時計とけいの表示ひょうじする時間じかんは東京とうきょうの標準時ひょうじゅんじ間あいだとまったく同おなじということになる。時計とけい塔とうの周囲しゅういは中国ちゅうごくの天安門てんあんもんもかくやという石畳いしだたみの広場ひろばで、五ご万まんのプレイヤーはほぼ同時どうじにそこに出現しゅつげんすることになっていた。 光ひかりの世界せかいを突つき抜ぬけて、前方ぜんぽうからテスト中ちゅうに見慣みなれた〈はじまりの街まち〉の風景ふうけいが広ひろがり、初期しょき装備そうびのブーツの靴くつ底そこが石畳いしだたみのリアルな感触かんしょくを捉とらえた――と思おもった次つぎの瞬間しゅんかん、俺おれはひと月がつぶりのアインクラッドに降おり立たっていた。まず自分じぶんの格好かっこうを見下みおろして、登録とうろく時じに選択せんたくしてあったとおりの革かわ製せいのロングコート姿すがたであるのを確認かくにんする。続つづいて周囲しゅういに続々ぞくぞくと出現しゅつげんしつづけている他ほかのプレイヤーの顔かおを見渡みわたし――そして心しんの底そこからぎょっとした。 プレイヤーは、SAOのアカウント登録とうろく時じに初期しょきのキャラクターメイキングも済すませている。キャラクターの性別せいべつはプレイヤーのそれと変かえることはできないが、体格たいかくや容貌ようぼうは複雑ふくざつなパラメータを操作そうさすることで自由じゆうに決定けっていすることができる。そうなればすこしでも見栄みばえのいいものを、と考かんがえるのが人間にんげんの常つねであり、ベータテスト中ちゅうはそれはもうありとあらゆるタイプの――恥はずかしながら俺おれを含ふくむ――美男びなん美女びじょで溢あふれたものだ。当然とうぜん製品せいひん版ばんでもその状況じょうきょうは再現さいげんされるものと思おもっていたのだが――。 周囲しゅういの人間にんげんの容姿ようしは、その雑多ざったなバリエーション、そして何なにより美形びけい顔がおがろくに見当みあたらないという点てんにおいて現実げんじつ世界せかいとまったく一緒いっしょだった。絶望ぜつぼう的てきなまでの既すんで視し感かん。間違まちがいなくそれはゲームマニアの大だい集団しゅうだんだった。眼球がんきゅうに頼たよらないギアのシステムゆえ眼鏡めがねをかけている者ものこそごく少すくないが――つまり初期しょき装備そうびで選択せんたくした者ものだ――、これはどう考かんがえても……。 俺おれはあわてて腰こしに装備そうびされたポーチの中なかをまさぐった。スタートキットと呼よばれる一連いちれんの道具どうぐの中なかから、無骨ぶこつな金属きんぞく製せいの鏡かがみを引ひっ張ぱり出だす。おそるおそる覗のぞき込こむと、そこには予想よそうしたとおりの見慣みなれた顔かおがあった。見紛みまがうはずもない現実げんじつ世界せかいの俺おれだ。登録とうろく時じに四苦八苦しくはっくしながらパラメータをいじくってつくりだした御面相ごめんそうとは似にても似につかない。いや、顔かおだけではない。俺おれはベータの時ときの経験けいけんから、動うごきの違和感いわかんを少すくなくするために身長しんちょうは現実げんじつと同おなじ高たかさに設定せっていしてあるが、当時とうじの分身ぶんしんが持もっていたしなやかかつ逞たくましい筋肉きんにくなどかけらもない。 これはどういうことだ――!? 俺おれは混乱こんらんした頭あたまで必死ひっしに考かんがえた。見みれば、他たののプレイヤー達たちも続々ぞくぞくと鏡かがみを睨にらんだり周囲しゅういを見回みまわして呆然ぼうぜんとしている。アカウント登録とうろく時じに写真しゃしん提出ていしゅつの義務ぎむはなかった。仮かりにあったとしても、五ご万まん人にん分ぶんの顔かおを3Dオブジェクトで再現さいげんする時間じかんなど到底とうていなかったはずだ。唯一ゆいいつ考かんがえられるとすれば、ギアの発生はっせいする多重たじゅう電界でんかい――あれには、使用しよう者しゃの脳のうの形状けいじょうを正確せいかくに把握はあくするための立体りったいスキャン機能きのうがあった。それを使つかって顔かおのつくりや体格たいかくをスキャンし、再現さいげんした――? しかし、何なにのために? これは明あきらかなサービス提供ていきょう契約けいやく違反いはんではないか。 そこまで考かんがえたとき、重々おもおもしい金属きんぞく音おんを響ひびかせながら時計とけい塔とうの巨大きょだいな二に本ほんの針はりがきっちりと重かさなった。正午しょうご、SAO正式せいしき運用うんよう開始かいしの時刻じこくだ。文字もじ盤ばんの下したに設置せっちされた大小だいしょう多おおくの鐘かねが壮麗そうれいな和音わおんを奏かなではじめ、同時どうじにどこからともなく鳴なり響ひびくファンファーレ。いかにもRPGのオープニング然しかとしたその重厚じゅうこうな旋律せんりつに、皆みなの顔かおが戸惑とまどいながらも明あかるく輝かがやいた。 広場ひろばの上空じょうくうは無論むろん青空あおぞらではなく上層じょうそう部ぶの底そこで覆おおわれていたが、そのグレイをバックにSAOの凝こったタイトルロゴが光ひかり輝かがやきながら出現しゅつげんした。ロゴの周囲しゅういを派手はでなエフェクトの花火はなびが彩いろどる。周囲しゅういから湧わき上あがる歓声かんせいと拍手はくしゅ。とりあえず目先めさきの疑問ぎもんは先送さきおくりし、俺おれも両手りょうてを叩たたいた。この光景こうけいは、現実げんじつ世界せかいのイベント会場かいじょうでも中継ちゅうけいされているはずだ。 花火はなびのエフェクトが終おわると、ロゴの下部かぶにこれまた輝かがやく飾かざり文字もじで「Wel